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IIJ.news Vol.182 June 2024
データ駆動社会では、デジタル技術の制御可能性が社会全体に大きな影響を及ぼす。
今回は「個別化・自動化・最適化」という視点から、デジタル技術に関するガバナンス確保に向けた国際的な取り組みを見てみたい。
IIJ 取締役副社長
谷脇 康彦
今から4年前の2020年2月、欧州委員会は「欧州データ戦略」を公表した*1。その中で「データ駆動型イノベーションは欧州市民に多大な便益を与えるだろう。個人がデータを絶え間なく生み出す社会では、データの収集・利用は欧州の価値、基本的な権利やルールに則って行なわれなければならない」と指摘している。GAFAMに代表される米国プラットフォーマーが巨大なデータ流通基盤として圧倒的な存在感を誇示する中、あえて「欧州の価値」を強調するところに、データ戦略という分野でも国家主権にこだわる欧州の強烈な問題意識がみてとれる。
中国においても、2021年3月の全国人民代表大会(全人代)で第14次五カ年計画が決定され、デジタル政策の中核として「数実融合」(デジタル技術と実体経済の融合による新事業の創出)が示され、デジタル経済のガバナンスレベルを向上すべく、データのオープン化とデータ取引市場による流通など、領域を超えたデータの収集・活用のための環境整備が急がれている*2。
データ駆動社会への移行は急ピッチで進んでおり、生成AIの登場で移行速度がさらに一段ギアアップした印象を受ける。そこで、データ駆動社会の鍵となるのが「個別化」、「自動化」、「最適化」という3つのキーワードだ。
まず個別化(individualization)。デジタル技術が進む中、デジタル技術を実装したモノの価値の減耗が従来以上に早く進むことで、モノの販売によって得られる対価だけでは、モノの製造に要するコストを回収できなくなる。そこで、企業と顧客が継続的に接触してモノの利用データを取得し、利用者のニーズなどに沿った付加価値の高いサービス提供を軸とする「モノのサービス化」に大きく比重を移しつつある。
こうした「モノ中心主義(Goods Dominant Logic)」から「サービス中心主義(Service Dominant Logic)」への事業モデルの転換について、スイス国際経営開発研究所(IMD)のスプラマニアム教授は著書の中で「競争優位の原動力は製品からデータに紛れもなくシフトしている。いまやデータが製品を支えるのではなく、製品がデータを支えている」と指摘している*3。その結果、モノを「所有する」から「利用する」に変化した“X as a Service”型の個別化サービスが主流になる。
例えば、検索サービスをはじめ多数の企業サイトにおいて個人の検索履歴などによる個別最適化がなされているのはよく知られているが、加えて、医療分野では個人の病歴や症状、体格などに応じて投薬量などを調整する個別化医療、個人の運転履歴データに応じて保険料が変動する損害保険など、今後とも“One-size-fits-all”を脱却した、きめ細かい個別化の傾向がさらに強まるものと見込まれる。
第2に自動化(automation)。AIの進化によって車やドローンの自動運転などが急速に普及する。加えて、ブロックチェーン技術を活用した暗号資産であるイーサリアムがすでに実装しているように、人の手を介することなく契約内容を自動で実行するスマートコントラクトの仕組みがデジタル通貨の普及とともに一般化する。
今後、急速な人口減少が見込まれる日本において、こうした取引の自動化はロボティクスの導入とともに労働力不足を補うことに貢献する。また、異なるデータセット間の相関関係の把握などデータ解析の自動化が進むとともに、異なるデータ様式の連携もAIを介して可能になる。例えば、従来はデータの記載様式が異なるため連携がむずかしかった医療カルテ情報も、記載項目や内容をAIが判断して記載様式を標準化するという、長年の課題を克服したデータ連携が実現していくだろう。
第3に最適化(optimization)。IoT技術の発達や通信ネットワークの進化を通じ、これまでデータ把握が困難であった領域でのデータ収集や、いわゆるノウハウに属する暗黙知を構造化して形式知として共有することなどが可能になる。
例えば、センサなどのIoT機器を活用して道路や橋の損傷箇所を迅速に把握し、より精度の高いデータ解析を行なうことで損傷箇所のダメージを比較検討し、修繕すべき箇所の優先度を割り出して、保守業務の最適化を図ることが可能になる。また、水温・水量・作物の生育状況などのデータをIoT機器を通じて集約して指数化できれば、熟練の農家でなくても生産性の高い農業が実現する。このように、従来は困難であったデータの取得や、測定機器の精度向上によるデータ粒度の向上などを通じて、部分最適にとどまっていたデータ解析が全体最適化され、生産性の向上などにつながっていく。
社会経済システムの機能強化――個別化・自動化・最適化――が図られる中、デジタル技術の制御可能性(コントローラビリティ)は、社会全体のパフォーマンスに大きな影響を及ぼす。このため、デジタル技術の制御可能性を確保するためのルール、つまりデジタルガバナンスの確保が各国にとって重要なテーマとなっている。
デジタルガバナンスが重要度を増している背景には、デジタル技術の急速な進化とそれに伴うリスクの増大がある。例えば、本年1月に世界経済フォーラムが公表した「グローバルリスクレポート2024(第19版)」は、世界が直面しているさまざまなリスクの深刻度を分析している*4。
同レポートによると、グローバルリスクのワースト5として、第1位の「異常気象」に続き、第2位が「AIが生成する誤情報・偽情報」、第3位がSNSのフィルターバブルと密接に関係する「社会・政治の二極化」、そして第5位に「サイバー攻撃」が挙げられており、デジタル技術のリスクが3つもランクインしている。10年後の2034年のグローバルリスクには、さらに「AI技術の負の効果」も上位にランクインしており、デジタル技術の制御可能性、ひいてはデジタルガバナンスの成否が、世界全体にとって最大のリスク要素の一つとなるとみられている。
データ駆動社会の実現に向けてデータの信頼性を確保するためのデータガバナンス、学習データを入力して付加価値のあるデータを出力するAIガバナンス、そしてデータ空間全体のセキュリティを確保するためのセキュリティガバナンス。これら3つの要素を組み込んだデジタルガバナンスの確立に向けた取り組みが、今、強く求められている。
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