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IIJ.news Vol.186 February 2025
“過去はいつか未来だった。そして未来はいつか過去になる”
(タジキスタン出身のロシア語作家アンドレイ・ヴォロスの著作より)
IIJ 取締役 副社長執行役員
谷脇 康彦
1925年(大正14年)頃、人々は100年後(2025年)がどんな世界になると考えていただろう。19世紀後半からの第二次産業革命や第一次世界大戦(1914–18年)にともなう技術革新が人々に大きな影響を与えたこの時代、電気や石油などの新しいエネルギー源の登場、化学や鉄鋼といった重化学工業部門の技術進歩、通信手段や輸送手段の進化により市場が拡大し、科学技術に対する人々の期待が膨らんだ。
1927年にリンドバーグがニューヨーク・パリ間の大西洋単独横断飛行を達成するなど航空技術が急速に進展し、人々は「空飛ぶタクシー」で空を自由に移動することを夢見ていた。メディアも大きな変革期にあった。ラジオや電話が普及し始め、1925年にはスコットランドの発明家ジョン・ロジー・ベアードが初期のテレビシステムを発明。腹話術の人形の頭部を走査線30本、毎秒5フレームで送ることに成功。「顔を見ながら会話できる装置」が将来は実現するだろうと人々は夢を描いていた。
また、医学の進歩により寿命が劇的に延び、病気が完全に克服されることへの期待も高まった。病気の克服はなかなか困難だが、日本の平均寿命を見てみると1925年当時は男性42歳・女性43歳であったのに対し、現在(2023年時点)は男性81歳・女性87歳となり、男女ともほぼ2倍の人生を生きるようになっている。また、ロシアのロケット研究者であるコンスタンチン・ツィオルコフスキーが1903年に発表した論文で初めて多段式ロケットのアイデアを示すなど、宇宙旅行も現実のものになるという期待に胸を膨らませるようになった。
他方、技術の進歩がもたらす光の部分と同時に、影の部分も人々の意識に上り始めた。例えば、ロボットによる家事労働の自動化。ロボットによる省力化が夢として語られるようになった。他方、チェコの国民的劇作家カレル・チャペックがSFの古典的名作である戯曲「ロボット(R.U.R.)」を1920年に発表。そのストーリーは、人間の労働を肩代わりしていたロボット達が団結して反乱し、人間の抹殺を開始するというもので、技術の進歩に対する人々の不安感をこの作品はよく表している。都市の未来についても似たような当時の期待と不安がみて取れる。1927年に公開されたフリッツ・ラング監督の映画「メトロポリス」において、高層ビルに覆われた未来都市のイメージが人々の間で共有されるようになった。この作品では聳える摩天楼の上層階に住む知識指導者階級と地下の労働者階級に二極分化したディストピア的な世界――舞台として設定されたのは100年後の2026年のニューヨーク――が描かれた。
前出のロケット研究者ツィオルコフスキーの論文には「今日の不可能は明日可能になる」という言葉が書かれていた。100年後の今から振り返ると、かつて夢見られたことは大半が実現している。では、100年後に実現しているのはどういう世界だろうか。
まずは宇宙開発と人類の拡張。月や火星だけでなく、遠い惑星などにも人類が移住し、宇宙コロニーを作って生活している可能性がある。テラフォーミング(地球化技術)によって人間が居住可能な環境が作られ、惑星間インターネットの構築、宇宙太陽発電所など新たなクリーンエネルギーを実現し、宇宙コロニーを活動拠点としながら新たな「宇宙経済圏」が誕生する。そして、地球外への旅行が一般的に可能となり、人類の活動フロンティアが大幅に拡張されるだろう。
医療のさらなる進歩も実現するだろう。一人ひとりの遺伝子情報や生活習慣にもとづいて病気を予防・治療する「個別化医療」が標準となり、体内にナノロボットが入って病状を改善したり、BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)の普及によって人間の意識がサイバー空間と統合され、人間の記憶や思考をクラウドに保存したりすることも可能になるかも知れない。同時に脳がネットワーク化し、個人の意識が「集合意識」のような形で共有される新しいコミュニティが誕生する可能性もあるだろう。
さらに、言語の壁が完全に消滅し、国境の概念が薄れるとともに地球全体が1つの総合的な社会として機能するようになっているかも知れない。他方、AIや遺伝子操作技術が悪用され、新たな形の紛争や不平等が発生したり、自動化の行き過ぎた進展によって人間性が失われるような事態が発生する可能性も否定できない。
実は本稿の「100年前の夢」と「100年後の夢」は、いずれもChatGPTに投げかけて得られた回答を素材にしながら書いている。印象的なのは、100年後の予想項目を書き出したあと、ChatGPTがこんな言葉で締めくくっていることだ。
「2124年の未来は、科学技術の進歩によって『可能性が広がる希望』と『新たな倫理や社会の課題』の両方が含まれる世界になると考えられます。未来を描くことは現在の選択を決める上で重要なプロセスでもあり、人類がどうバランスをとりながら発展していくかが鍵となるでしょう」
この指摘は正しい。急速に進化してきたデジタル技術は今後も幾何級数的に発展し、社会経済システムのみならず、人々の意識や思考、行動のあり方まで大きく変えていくだろう。そして、こうしたデジタル技術を人間が適切に制御する仕組み、つまりデジタルガバナンスのあり方について継続的に話し合っていくことが重要だろう。
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